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指と指の間をすり抜ける、まなすけの日々。

お別れをしました。

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いまとなっては懐かしい夏の空。


本日、二度目の悲しい別れを経験しました。
2011.12.21という日付とともに、2015.10.05も刻みつけることとなりました。

わたしは小学生〜中学生の間、二世帯住宅だつたので、祖父母との繋がりが大変に固く、その後も高校時代母親に言えないことも全て祖父母に相談していたり、大人になっても祖父母が大好きで、どちらかというと祖父母が両親のような役目を果たしていたことも多かったのではないかと思います。

2011年末に祖母は上部喉頭に腫瘍ができ、治療中に他界し、最後失われてしまったわたしを呼ぶ声の可愛らしさが忘れられず、今でも思い出すと脳裏に響き、目頭を熱くさせるのですが、本日祖父も他界しました。
85歳でございました、とても頑張ったと思います。

祖父は腎不全になり、人工透析を行いながら暮らしていました。
食べるものは不自由していましたが、たまにお茶をしにタリーズにいったり、教会へいったり、祖母のお墓に電車で出かけたり、ときには私と映画を観たりすることもあり、1人になったあとも頑張って生きておりました。

わたしが生まれるずっと前に肺結核の手術を行っていたり、直腸の手術を行っていたり、とても苦しい経験を多数された祖父ですが、足腰もあまり弱らず、うっかり早足になるくらいよく歩いておりました。
キリスト教に熱心であり、聖書を愛読し、内村鑑三先生が大好きで、まあ戦争映画やスパイ映画はわたしも一緒にたくさん観てくれました。
冬にはじまる007をとても楽しみにしておりました。
一緒に観に行けず、大変に残念です。

祖父は穏やかに亡くなりました。お顔は眠っているときと変わらず、安らかです。
直後はぽかっと空いていた口もいつの間にか塞がりました。
きっと天国で祖母にでくわし、色々ガミガミ言われて、口を真一文字に結んだのでしょう。

孫であるわたしに溢れるくらいたくさんの愛情を注ぎ、素晴らしい名をつけてくれた名付け親である祖父が、どうか安らかに過ごせますように祈るばかりです。






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